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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)1681号 判決

原告 山名明良

被告 坂野清 外一名

一、主  文

被告坂野は大阪市東区横堀町二丁目三十九番地所在木造トタン葺二階建居宅一棟建坪五坪五合二勺五毛、二階坪四坪五合二勺を、被告森田は右家屋一階の店舗約二坪を、夫々原告に明渡すこと。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は原告に於て金三万円の担保を供するときは勝訴部分に限り仮に執行できる。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一、三項同旨及び被告坂野は原告に対し昭和二十七年一月一日以降明渡済迄一月金千七百円の割合の金員を支払うことという判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として「原告の先代山名三之助は、昭和十九年七月十五日、被告坂野に対し、大阪市東区横堀二丁目三十九番地木造瓦葺二階建住宅東向二戸建一棟の北側一戸建坪五坪五合二勺五毛、二階坪四坪五合二勺を、(イ) 賃料一月金四十円毎月末持参支払、(ロ) 賃貸人に無断で右家屋の構造変更、造作加工その他現在の有姿を変更しないこと、(ハ) 賃貸人に無断で右家屋の転貸、賃借権の譲渡、同居等しないこと等の約定で賃貸したところ、原告の先代は昭和二十年二月十四日死亡し、原告がその家督相続をなし右家屋の賃貸人たる地位を承継してその後も引続き被告坂野に右家屋を賃貸し、昭和二十六年十二月当時の賃料は一月金千七百円であつた。

而して被告森田は、そもそも本件家屋に隣接する原告所有の木造瓦葺二階建居宅を、原告に無断で不法に占拠していたが、昭和二十六年十一月二十九日、同被告の過失により右家屋から出火之を全焼させ、尚本件家屋の二階全部及び階下一部を類焼焼失させながら、その後更に原告に無断で本件家屋の階下店舗約二坪を被告坂野から賃借使用している者である。

そこで原告は、まず危険防止の必要並びに新たに二階建家屋を建築して土地家屋の最高度の利用をなす目的から右焼失残存家屋を取りこわす旨被告坂野に対し通告したにも拘らず、同被告は、原告の承諾がないのに残存部分に付けて風雨をしのぐ程度以上の改築をなし始めたので、原告は同年十二月二十五日、右家屋に付増築、改築、造作等を禁止する旨の大阪地方裁判所の仮処分決定を得、右決定は同日右被告に送達された。而して原告は、同月二十九日同被告に対し右被告のなした改築を理由に、右家屋の賃貸借契約解除の意思表示をなし、同日より六ケ月の期間経過と共に退去明渡すことを催告した。従つて右賃貸借契約は同日解除されたものであるが、被告等は右明渡猶予期間を過ぎてもその明渡をしないし又昭和二十七年一月以降相当賃料一月金千七百円の割合による損害金の支払をもしないから、被告坂野に対しては、本件家屋の明渡並びに昭和二十七年一月一日以降明渡迄前記一月金千七百円の割合による損害金の支払を、被告森田に対しては本件家屋階下店舗約二坪の明渡を求める。と述べ、

予備的請求原因として、(1) 仮に右解除が理由がないとしても、原告は昭和二十七年五月六日、被告坂野に対して、同被告が被告森田に対し、前記の如く無断転貸したことを理由として右賃貸借契約解除の意思表示をしたから、右賃貸借契約は同日解除された。(2) 又仮にこの解除が理由がないとしても、前記改造を理由とする解除の意思表示並びに明渡催告は、危険防止並びに家屋新築による土地家屋の最高度の利用を目的としてなされたものであるから正当事由による解約申入としての効力がある。仍てその後六ケ月を経過した昭和二十七年六月末日を以て本件家屋の賃貸借は終了した。従つて被告坂野に対しては本件家屋の明渡並びに昭和二十七年一月一日以降右解除若しくは解約期間満了の日迄は賃料として、その後明渡迄は損害金として前記の如く一月金千七百円の割合による金員の支払を、被告森田に対しては前記店舗約二坪の明渡を予備的に求める」と述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として「原告の主張事実中、被告坂野が本件家屋を、原告主張の経過により原告から賃借し昭和二十六年十二月現在の賃料が一月金千七百円であつたこと、本件家屋がその主張の日時類焼により一部焼失したこと、被告森田が現に本件家屋階下店舗約二坪を被告坂野から賃借していること、被告坂野が若干の補修工事を施したこと、原告主張の如き仮処分決定をうけたこと、原告主張の改造及び転貸を理由とする契約解除の意思表示のあつたことは、之を認めるが、その他は之を否認する。本件家屋が類焼により焼失した部分は一、二階ともその一部に過ぎず、危険防止のために、家屋全部を取りこわす必要がある程度に焼失した訳ではなく、風雨をしのぐ程度に若干の修築工事を施せば、十分に住居に堪え得る状況であつたから被告坂野に於て補修工事を施し何等危険を感ぜず平穏に居住しているのである。而して元来右焼失は、被告両名の責に帰すべきものでないから民法第六百十一条により被告等に於てこそ契約解除権行使の理由があれ、原告には被告坂野のなした右補修工事その他を理由として解除権発生の余地はない。従つて右補修工事を理由としてなした原告の契約解除の意思表示は失当である。又右意思表示は解約の申入とは認められないし又原告主張の如き土地家屋の最高度の利用ということは解約申入の正当事由に該当しないことは明言を要しないところであるから、解約期間満了を理由とする原告の請求は失当である。更に亦被告森田は昭和二十三年十一月一日以降本件家屋階下店舗を被告坂野から賃借しているもので、原告の本件家屋管理人は右事実を知りながら異議を述べず、被告坂野或いは被告森田から、本件家屋の賃料を受領していたのである。従つて右転貸借に付いては少くとも黙示の同意があつたというべきである。仮に黙示の同意があつたと解されないとしても、叙上の状況下に於ては、無断転貸を理由とする契約解除は民法第一条の法意に照らして許されないものであるから、無断転貸を理由とする原告の契約解除も理由がない。そこでいずれにしても原告の本訴請求は失当である」と述べた。<立証省略>

当裁判所は職権で被告両名本人訊問(各第二回)をなした。

三、理  由

原告主張事実中、被告坂野が本件家屋を原告主張の経過により賃借し、昭和二十六年十二月現在の賃料が一月金千七百円であつたこと、本件家屋が、原告主張の日時、類焼により一部焼失したこと、被告坂野が、その補修工事をしたこと、原告主張の如き仮処分決定をうけたこと、被告森田が現に本件家屋階下店舗約二坪を被告坂野から賃借していること、原告主張の改造及び転貸を理由とする賃貸借契約解除の意思表示のあつたことは当事者間に争のないところである。

そこで第一の問題は類焼の程度、被告坂野が施した補修工事の程度であるが、夫々原被告に於て主張する日時に本件家屋を撮影したものであることに付いて争のない検甲第一号証及び検乙第一号証、検証の結果、証人桂遠、小久保藤十郎、原章介、柴多久哉の各証言並びに被告坂野本人訊問の結果(第一回)によれば、本件家屋焼失の程度は、(1)  階下に於ては、(イ) 店舗約二坪の間の天井の東北隅一尺四方位が燻焼し一部抜けた。(ロ) 奥三畳の間の天井板は殆んど全部に亘つて表面は燻焼し、二階に上る階段の二段あたりまで相当程度燻焼し、尚北側壁は火煙により変色したものの如き観を呈し、柱も軽く燻焼した。(ハ) 裏庭に面する所にある便所の屋根及びゲヤ屋根は焼け落ち、便所の南側三本の柱、奥の間と雨椽との境にある二本の柱、雨椽も相当程度燻焼した。(2)  二階に於ては、(イ) 大屋根及び天井は重木梁、桁等を残して殆んど焼け落ち、垂木、梁、桁等は殆んど残存したが相当程度燻焼した。(ロ) 南側壁は上部若干が、又西側壁は殆んど全部が焼け落ち、火災直後西南隅の柱及び之より東へ二本の柱は壁から離れ押すと動く状態を呈した。(3)  南側壁外側に於て東南角の柱の高さ六尺下二尺位の間の部分は相当程度燻焼したことが認められ、而して被告坂野が施した補修工事の程度は、(1)  二階に於ては、(イ) 大屋根にトタンを張つた。(ロ) 西側に板壁(巾六尺一寸高さ三尺一寸位の窓があけてあり硝子障子二枚がはめてある)を設け、(ハ) 東側壁及び南側壁に二本の火打梁を入れた。(ニ) 西側奥五畳の間に吊天井を設けた。(2)  階下に於ては、(イ) 裏庭と外部との境には高さ六尺位のトタン塀を西側南側に設けた。(ロ) 便所の屋根はトタンで葺いた。(ハ) 裏庭に面する雨椽の上にトタン張のゲヤ屋根を設けた。(3)  南側外壁に相当部分トタンを張つたこと、補修工事費は約三万円であつたことが認められる。

そこで右工事を理由とする原告の契約解除の当否に付いて考察するに、本件家屋の賃貸借契約条項には被告坂野は原告の承諾なく構造変更、造作加工その他現在有姿を変更してはならない旨の規定があることは前記の如く当事者間に争のないところであるが、それは通常の事態を予想し、賃貸借当時に於ける家屋の現状を故なく擅に変更してはならないことを規定したもので、本件の如く異状な事態に於て被告が原告の意に反して工事を施した一事を以て直ちに右条項に違反するものとは解し難く、被告に於て当座の雨露をしのぐ程度の工事をすることは原告の意に反してもなし得るものと解するのが相当である。而して原告に於ては火災後間もなくその管理人を通じ、被告坂野に対し、工事の差止め及び家屋明渡の請求をしたこと、同被告はその後に無断で前記認定の如き工事をしたことは、証人小久保藤十郎、柴多久哉の各証言及び被告坂野本人訊問の結果により明らかであり、右認定程度の工事は、その要した金額の点、工事個所の点、用いた資材等を綜合考察すると、雨露をしのぐに必要な最小限度の工事とは言えないけれども、原告と被告坂野との間の本件家屋に付いての紛争が解決するに至る迄、右被告の居住に適するようなされた或程度已むを得ない工事と言うべきで、従つて若干雨露をしのぐ程度以上の工事に亘つたとはいえ、直ちに之を理由とする契約解除の意思表示は正当性を欠きその効力はないと解する。

そこで、無断転貸を理由とする契約解除の点に付いて考察するに、証人小久保の証言及び被告坂野本人訊問の結果(第一回)によれば、被告坂野が被告森田に対し原告に無断で転貸したことは認められるが、被告両名本人訊問の結果(各第一回)によれば、右転貸は昭和二十四年初め頃なされたもので、原告の管理人に於てもその後之を承知しながら家賃を集めていたことが認められる。尤も証人小久保の証言中右認定に反するものがあるが之は信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。従つて無断転貸を理由とする契約解除も失当である。

そこで正当事由による解約の点に付いて考察するに、まず原告がなした前記改築を理由とする解除の意思表示並びに明渡の催告は、本件家屋の二階全部及び一階の一部が焼失したので、危険防止並びに家屋新築による土地家屋の最高度の利用のため本件家屋をとりこわす旨の趣旨も包含されていることは、成立に争のない甲第六号証の一、二に明らかで、従つて之により正当事由に基く解約の申入をもあつたと解すべきである。之に反する被告の主張は採用に由ない。

そこで正当事由の有無に付いて考察するに、本件家屋の焼毀の程度は前記認定の通り建坪数の略々半ばを焼失し、残存部分の柱も大半は相当程度燻焼し見方によれば、当初の賃借目的を達し得ない程度に及んでおり之を放置すれば倒壊して附近の人畜、施設に危険を及ぼす虞があると言うべきで、しかも之を修復するには新築同様多額の費用を要することは自明の理で、かかる場合に賃貸人たる原告に於て取毀ち新たな家屋建築のため、賃貸借契約解約の申入をなすことは、正に正当事由があるというべきで、従つて右申入をなした昭和二十六年十二月二十九日から六ケ月を経過した昭和二十七年六月二十九日本件家屋の賃貸借契約は終了したものであるから原告に対し、被告坂野は本件家屋全部を、被告森田は転借部分を明渡す義務がある。

原告は被告坂野に対し昭和二十七年一月一日以降右解約の日迄は賃料として、爾後明渡迄は損害金として一月金千七百円の割合による金員支払を求めるが、右金額は本件家屋焼毀前の一月の公定賃料額であることは原被告間に争がないところであるから、焼毀後右割合による賃料請求は失当で、残存部分の相当賃料額は之を認めるに足る証拠なく、又解約後に於ては、本件の如く焼毀家屋を取毀ち新築を必要とする場合には、被告の不法占拠により通常生ずべき損害として本件家屋の従前の相当賃料はその算定基準とはならないのであつて、原告に於て他に損害額を認定できる立証をしないから、結局原告の前記賃料並びに損害金請求は失当である。

仍て被告坂野に対し本件家屋の明渡、被告森田に対し本件家屋階下店舗約二坪の明渡を求める範囲に於て原告の本訴請求を正当として認容し、その余は失当として之を棄却し、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言に付同法第百九十六条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 井上三郎)

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